挑戦者の武士の矜持に、拍手!
二日目朝の伊藤七段の長考が興味深かった。
一日目の夕方、封じ手をやったのは、伊藤。
この封じ手は、聡太君が譲ったもの。
「封じ手戦略」上から考えれば、今回は、有り得ない譲り方。
例えば、渡辺明九段(前名人)や佐藤康光九段なら、絶対に譲らない。
一日目の18時が封じ手時刻。
聡太君は65分考えて17時34分に59手目を指した。
この時点で、持時間各8時間のうち両者共に3時間40分の消費で並んだ。
封じ手時刻まで、あと26分のところで、聡太君は指したのだ。
これが17時前で、封じ手時刻まで、1時間以上あったのなら、未だ理解できる。
(前述の渡辺、佐藤なら1時間でも譲らないだろう。)
僅か26分だ。
聡太君が59手目▲4七金と指せば、伊藤君は60手目△3七歩成りとするのが必然で、さらに聡太君が61手目▲3七同金も必然となる。
すなわち、59手目~61手目は、3手1組なのだ。
よって、伊藤君は60手目を封じ手(△3七歩成り)としておけば、61手目(▲3七同金)は必然なので、次の手、62手目を伊藤君は一晩好きなだけ考えることが出来る。
剰(あまつさ)え、62手目は「手が広い」。
「手が広い」とは、指し手候補が多く、何時間でも考えたい、難しい局面なのだ。
これを一晩考えさせてくれるなんて・・・
「ほんとに良いの?」と相手の顔を二度見してしまいそうだ。
聡太君が伊藤君に対し時間をプレゼントしたのは、明白だ。
要するに、「敵に塩を贈った」のだ。
武器までは渡さないが、兵糧に困っている相手に食料や水を届けてやったのと同じ。
ところが!
伊藤君は、二日目の朝、この62手目で長考に沈んだ。
解説者は四五分で指すだろうと、予想していたのだが、大いに外れた。
一様に不思議がった。
結局、94分考えて、伊藤君は62手目(△3三歩)を指した。
解説者は
「一晩考えて決断したのたけど、あらためて盤の前に座ると、気が変わることはよくある」
などと説明していたが、私は違うと思う。
伊藤君は、敵から贈られた塩、すなわち、「時間」を使わなかったのだ。
一晩考えなかったのだ。
敵から貰った時間で考え、仮に勝ったとしても、それでは、ハンディを貰って勝ったことになる。
そんなもん!
要らん!
と、声に出しはしなかったけど、伊藤君は、唇を噛んだに違いない。
武士としての誇り、矜持が、一晩考えることを放棄したのだ。
二日目の朝、真っ新(まっさら)な頭で考えたのだ。
だから、94分の大長考となった。
伊藤匠!意気や良し!
*———-*———-*
【封じ手戦略について】
~「封じ手の駆引き」~
その1。心理
その2。盤外
その3。『ヒカルの碁』Part1
その4。『ヒカルの碁』Part2
その5。第54期 名人戦 第1局
その6。盤外戦術の背景
その7。加藤一二三九段
その8。盤外戦術の本質
その9。トッププロの意見
その10。一晩の長考 その1
その11。一晩の長考 その2
その12。一晩の長考 その3
その13。一晩の長考 その4
*———-*———-*
【対局ニュース】
第36期 竜王戦 七番勝負 第2局
▲藤井聡太竜王(名人・王位・叡王・棋王・王将・棋聖・王座、21歳)vs △伊藤匠七段(20歳)
対局日:令和5年(2023年)10月17-18日
場所:京都府京都市「総本山 仁和寺」
持時間:各8時間(ストップウォッチ方式)
開始時刻:9時
終了時刻:18時37分
結果:107手で先手・藤井竜王の勝ち。
藤井竜王は、シリーズ成績を2勝0敗とした。
*———-*———-*
【プロフィール】2023年10月6日現在
伊藤 匠(いとう たくみ)七段
棋士番号:324
生年月日:平成14年(2002年)10月10日生、現20歳
出身地:東京都世田谷区
師匠:宮田利男八段
竜王戦:5組
順位戦:C級1組